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編集長のズボラ料理(107) 大根のバルサミコ焼き

おでんでなくても、味をつけて煮た大根なら、それでいい

 若いころから世話になっている大阪・北新地の店がある。新地と言っても高級クラブでも料亭でもない。「ふ留井」という名の居酒屋である。僕らは、おでん屋と言う。
 おでん以外にも食べ物はあるから、適当に食べて、適当に飲み、最後はおでんでしめる。それがこの店のルールといってもいい。客の85%までがルールに従う。40年通っての経験則だから間違いない。
問題は、おでんの何を注文するかだ。大根や厚揚げも人気だが、僕の場合はいつも「何と何」と頼む。「何のこっちゃ」と思うかもしれないが、これで通じる。前の「何」はジャガイモで、後は「何」は豆腐である。
 では、「何」とだけ言う場合はどうなるか。カウンターの中から「1個? 2個?」と聞き返してくる。そこで、「2個」と答える。皿には、ジャガイモが2個出てくる。
 この店では「何」だけでも、50%くらい話がわかる。常連客が年をとってきて、固有名詞が出なくなっているから、ますますその傾向が強くなった。彩りとして、「あれ」やら「それ」やらを適宜加えれば、それで十分なのだ。長く通っていれば、とりたてて話すこともないし。
 愛媛県宇和島市の友人が、大根をたくさん送ってきた。定年になって、野菜を作り始めたのだ。作ると送りたくなる。送るなら、たくさん送りたくなる。去年はそうだった。しかし、8本もくると、手におえない。懸命に食べたが、最後はしなびてしまった。後になって、「あんなに食べきれんで」と、それとなく言った。
 今年は届かないから、安心していた。ところがある。遍路旅の先達をしている最中に、携帯電話が鳴った。「大根、送ったから」。よりにもよって、僕は宇和島にいた。しかも、その晩は宇和島泊りだった。そのことを、電話で告げた。
 「飲もう」と、友人は言う。遍路仲間との夕食をすませて、会うことにした。お互いに食べた後だったので、案内された居酒屋では、つまみ程度を頼むことにした。僕はキビナゴのみりん干しを焼いたもの。友人はおでんの大根を2つ頼んだ。「歯が悪いので、柔らかいもの」と言いながら。
 ところが店の女将(おかみ)はバラしてしまった。「もらったのよ」。友人は手当たり次第に、大根をあげていた。その犠牲者の1人が僕だったわけだ。
 遍路から帰ると、大根は6本だった。昨年におわしたことがきいたのか、2本減った。それでも、食べきるのは、遍路以上の修行である。おでんにもたいりょう入れた。食べきれなくてもいいのだ。
 翌日、おでんで残った大根を利用した。テレビで見たか、雑誌で読んだか、これも僕が得意なアイデアいただき料理である。大根にバルサミコをたっぷりつける。フライパンにバターとオリーブオイルをひいて、ゆっくり大根を焼く。頑張ってみたが、家族で消費したのは、2日の合計で大根1本止まり。試練と修行はまだまだ続く。来年はせめて3本にしてほしい。その代わりにジャコ天でも入れて送ってほしい。次に遍路に出た時は、願をかけよう。(梶川伸)2014.11.18

ふ留井 ジャコ天

更新日時 2014/11/18


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