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編集長のズボラ料理(134) ナスのすまし

ひすい色が残るように

 昔はよく、炉端焼きの店に行った。店の中央の炉で魚などを焼いて、大きなしゃもじのようなものに乗せて席まで伸ばしてくれる。そんな雰囲気がいいのと、リーゾナブルな値段設定が人気を呼んだ。
 定年退職した後、念願だったタンチョウを見るため、厳冬の北海道に行ったことがある。釧路市のホテルに泊まり、さて夕食はどうするか?
 実はホテルに行く際にタクシーに乗った。短い距離だったが、慣れない雪道で転んでしまうと、タンチョウ見物どころか、ホテルに閉じこもった単調な旅行になることを恐れたのだ。
 そのタクシーの運転手さんに、お薦めの店を聞いていた。教えてもらったのは「炉ばた」という店だった。「なーんだ、炉端か。北海道まできて、わざわざ」。ついそう考えたのだが、次の運転手さんの説明で、が然興味がわいてきた。
 炉端焼き発祥の店だという。店の屋号の「炉ばた」が、このスタイルの店の一般名詞になったそうだ。
 夜になった。炉端へ出かける。ホテルから歩いて10分ほど。雪道をゆっくり歩く。街に灯がともる。雰囲気がある。店が見えた。路地の角にある木造の2階建ての建物。灯ろうのような看板に「炉ばた」と書いてあり、灯に浮かび上がっている。これぞ、炉端焼きの雰囲気だ。
 ガラガラガラ。木の引き戸を開ける。店内は薄暗い。天井も壁も、すすで真っ黒になっている。ウーム、雰囲気、雰囲気。
 店の真ん中におばあちゃんが座り、大きな炉で黙々と焼いている。客はその周りのカウンターに座り、焼けるのを待つ。雰囲気極まれり。
 ところが、妙なことに気づく。カウンターいっぱいに客はいるし、カップルも家族連れもいるのに、注文のほかに話し声が聞こえないのだ。おばあちゃんだけでなく、みんなが黙々と食べている。雰囲気にのまれて、声が出ないのだろう。口だけはモグモグと。
 僕は元新聞記者、店のことを聞いてみたい。静寂を破っておばあちゃんに話しかけた。そうすると、おばあちゃんは決して話さないわけではなく、ポツリポツリと語り、やっと客もおしゃべりを始めた。雰囲気がさらに高まったのか、それともぶち壊したのか。
 炉端焼きでは魚のほか、よく焼きナスを頼んだ。カツオとしょうゆをかけて食べる。酒を楽しむ渋い男の雰囲気が漂うからだ。本当は安いからだが。
 焼きナスを作る。一方では、すまし汁を作る。だしは濃いめにとる。焼きナスの皮をむき、縦に裂いて椀(わん)に入れ、その上からすまし汁を注ぐ。ナスにひすい色が出るように焼くのがよく、焼き過ぎない。それでないと、雰囲気が出ない。(梶川伸)2015.07.22

炉端焼き

更新日時 2015/07/22


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