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編集長のズボラ料理(203) オクラの花のおにぎり

美しさが、このおにぎりの売り物

 四国遍路の先達をして、みなさんを案内する。結願した後で思い出を聞くと、1番印象に残ったのは八十八カ所の霊場でも遍路道でもなく、徳島県上勝町にある別格3番慈限寺の穴禅譲と答える人が多い。
 穴禅譲は慈限寺の境内にある鍾乳洞で、修行の場と位置づけられている。入口から約00メートル入り、そこの安置してある空海像に参拝して、同じ道を帰ってくる。さりげなく書いているが、実は大変な場所で、それだからこそ印象に残る。
 ともかく通路が狭い。幅20センチ余りのところもある。「世界で1番狭い場所」と言った仲間もいる。「そんな所、通れないじゃないか」と思う人も多いだろう。体験してみても、そう思う。
 ところが通れる。通路の縦断面で見ると、上から下まですべて20センチではない。もっと広い部分もある。頭など伸縮のきかない部位や大きな部位は、幅の広いところに合わせる。突起で狭まっている場所は、突起側に腹を持っていく。腹は柔らかいので、突起に押し付ければ引っ込むからだ。もし、背内を持っていくと、引っ込まないから通り抜けられない。
 中は真っ暗。ろうそくに火をつけ、先達のおばあちゃんの指示に従う。「左肩から入って体を沈め、狭い場所を通り抜けたら、前斜めに体を起こしていく」と言った具合。もし左肩と右肩を間違えて入ったら、体の大きい僕など、絶対に通り抜けられない。
 順調なら先達の説明を聞きながら、30分ほどで往復できる。しかし、狭い部分で体がひっかかると、そうはいかない。たいていは、先達のおばあちゃんの言う事を聞かなかった人が、トラブルのもとになる。
 体が抜けなくなると、パニックになる。そうなると、後に続く人が不自然な体形のまま、待たなければいけない。1人が般若心経を唱え始め、ほかの人も唱和したので洞窟の中に心経の合唱が反響し、異様な雰囲気に包まれたこともあった。
 体が引っかかると、先達のおばちゃんが引き返してきて、さまざまに指図をして、何とか、通り過ぎさせてくれる。その分、時間がかかる。僕たちのグループでは4人がいろいろな個所でひっかかり、結局出るまでに1時間40分かかったことがある。思い出としては笑い話だが、腹ばいになる個所で引っかかった1人が精魂尽き果てて、「しばらくここで寝させてほしい」と言い出した時には、ちょっと青ざめた。
 洞窟に入り込んでしまって、なかなか本題までたどりつかないが、もう1つ寄り道を。上勝町はお年寄りたちの「葉っぱビジネス」で知られる。料理の添え物にするモミジの葉のような花や葉をインターネットで注文を受け、お年寄りたちが摘んできて送る。年商は1億円を超える。
 上勝町長に話を聞いたことがある。葉っぱビジネスのおかげで、国民健康保険の町の負担が減ったという。お年寄りはこの商売で元気になり、病気が少なくなったからだ。
 ここから本題の前触れに入る。僕が住んでいる所は半田舎なので、農産物の直売所がいくつかあり、名前入りの野菜も売っている。農業に携わっているのは高齢者が多く、その人たちにとっては上勝町同様、仕事とともに生きがいでもあるのだろう。
 その直売所で買ったものに、オクラの花がある。食用に売っている。黄色い美しい色をしている、煮ると少し粘り気が出てくる。オクラの実のネバネバと関係があるのだろうか。
 上勝町から葉っぱビジネスへ、そしてオクラの花へと、苦しいこじつけで回り道をしたが、やっとレシピにたどりついた。塩にぎりを作る。それを生のオクラの花で包む。上に梅干しを乗せる。味よりも、美しさを食べる。ただ残念なのは、オクラの花を売っていた直売所が店じまいしたことだ。どこかで探さなければ。上勝町に頼むわけにもいかないし。(梶川伸)

更新日時 2016/08/08


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