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編集長のズボラ料理(264) しょうゆ味モヤシ焼きそば

細目のモヤシの方が合うような気がする

 一時期、ファジーという言葉がはやった。簡単な本を読んだことがあり、ファジーな記憶ながら、大雑把にファジーを説明する2つのことを覚えている。
 例えば、大阪市と神戸市の間の海岸線の距離を考える。40キロという答があるとして、だいたいそんなもんだとなる。
 では、大阪市から西宮市までの海岸線は? 神戸との中間ではあるが、40キロと答えるとして、それも正解である。海岸線の出入りを丁寧にたどれば、地図上よりもっと長くなるはずで、40キロはあるだろう。
 では、大阪市から尼崎市までの海岸線は? 隣の市ではあるが、40キロも正解となる。砂粒の外側を綿密に測定したら、そうもなる。
 では、大阪市の測定起点から100歩ほど離れた場所までの海岸線は? これも40キロでもいいのだ。分子の周りを細かく細かく計ればそうなる。
 もう1つは、株価の予測は数値化できない、というようなことだった。株など縁がないから、どうでもいいが。ファジーとは、どうもそんなことらしい。
 理論はチンプンカンプンだが、僕はファジー理論で生きている。遍路旅の先達をしている。札所でのお参りのあと、バスに乗ると、全員が揃っているかどうかの人数確認をする。添乗員さんが数えるが、まだ帰っていない人がいて、数が合わないことがある。そんな時、僕は言う。「だいたいで、いいで。1人、2人は誤差の範囲だから」。これは、ファジー理論である。
 料理にも、ファジー理論を導入している。ズボラ料理は材料や調味料の量、調理時間など、すべてが「だいたい」で成り立っている。以前、「編集長のズボラ料理」に対して、「レシピをもっと詳しく」という注文が届いた。それは無理である。量ってもいないし、第一ファジー理論に反する。
 遍路仲間に、ニュートン力学を起点とする古い考えに立脚し、反ファジーを貫く人がいる。実に几帳面で、僕の首にかける輪袈裟(わげさ)の左右が1センチずれていても、直すべきだと主張する。僕は「大阪から尼崎と、大阪から神戸までの距離は同じなんだ」とファジー理論で反論するが、岩盤規制的な頭の固さで、どうにもならない。
 仲間がその友人の家に集まって、焼き肉をした時も、肉をはかりで均等に分けてからスタートとなる。友人は焼きそばを得意としている。焼きそば必ず油で炒めなければならないという岩盤理論に基づいて作る。「じゃあ、袋に入った即席焼きそばや、カップ焼きそばはどうなるんだ」と、ファジー理論で攻めるが、岩のように動かない。
 ただ、食べてみれば、湯で戻しただけよりも、炒めた方がおいしい。どのくらい違うかというと、大阪市から尼崎までの海岸線の距離と、神戸までの距離くらい違う。
 普通の焼きそばの方がいいが、袋入り即席焼きそばの場合は麺(めん)を湯で温め、いったん取り出して使う。フライパンに油をひき、モヤシを炒める。麺と刻みネギも加え、コショウをふって、さらに炒め、しょうゆで味をつける。麺に絡んだ油と、しょうゆの焦げた味が、このズボラ料理のすべてである。これだけはファジーはよくない。(梶川伸)2017.97.01

更新日時 2017/07/01


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