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もういちど男と女(41) へって

切り絵=成田一徹

 へって。男は自分のことを、そう表現する。香川県の方言で、怠け者や横着者のことだという。
 トラック、タクシー、ダンプカーと、運転の仕事に従事した。金は稼ぐが、どうも脇が甘い。
 30歳の時に、交通事故で長期入院した。妻と子どもは実家に帰って、男の復帰を待った。
 退院すると、220万円の慰謝料を手にした。それを元手に再出発を図った。知人の家に住み込み、仕事を手伝った。
 「事故をやった。金を貸してくれんか。2カ月で返す」。知人に頼まれて、200万円を貸した。祖母の葬式に参列して、3日後に帰ると、家はもぬけの殻だった。だまされたことを知った。
 男は何とか運転の仕事を見つけた。月給30万円だった。そのうち、15万円を妻子に仕送りした。自分は知り合いの家やサウナを転々とし、家賃を浮かした。100万円ためて、家族を呼び寄せるつもりだった。
 「へってもんで、ためきらんかった」。あきらめの気持ちにも負け、仕送りも滞った。住所不定のような生活。携帯電話もない時代で、妻子からは連絡がつかない。妻子が愛想を尽かすのも、自然の成り行きだった。
 40歳を過ぎて1人暮らしが長くなったころ、サウナで知り合った女と付き合うようになった。トレーラーに乗り、それなりに金はあった。そんな矢先、事故で免許停止になった。「家に来まい(来なさい)」。女の言葉は渡りに船だった。
 女はちょっとした事業をしていた。一緒に暮らし出すと、男は主夫に徹した。運転の仕事に戻ると、金に余裕ができた。10年近くたったころには、2人の月収は90万円にもなった。生活費は女の稼ぎで十分だった。男は自分の収入を、賭博ゲームに注ぎ込んだ。
 仕事が終わると、家の寄らず、店に直行した。24時間連続で遊んだこともある。ひどい月は、70万円もすった。
 女が資金繰りに困った。「100万円貸してほしい」。男には金が残っていなかった。居候生活の負い目もあり、借金をして渡した。それが転機となり、別れた。後に半分を返してもらったが、残りは請求しなかった。
 男は55歳で運転を辞めた。200万円の貯金ができ、それを食いつぶすつもりだ。半年あまり「健康ランド」で寝起きしている。安い回数券を買い、ふろに入っては休憩室で横になり、缶ビールを手にテレビを見る。
 顔なじみもできた。少し年上の女性には、せがまれて何度か金を貸し、返ってこない。また脇が甘かった。
 貯金はどんどん減っていく。節約も始めた。午前2時にいったん外に出て5時に戻ると、宿泊料金を浮かすことができ、1日1000円あまりですむ。へってもんの、ささやかな知恵である。(梶川伸)2003年3月3日の毎日新聞に掲載されたものを再掲載15.02.28

へってもん

更新日時 2015/02/28


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