編集長のズボラ料理(841) 柿マカロニ
果物の好きな順位は、年をとるとともに変わる。
若いころは、リンゴが好きだった。僕のような団塊の世代は、みんなそうなのだと思う。リンゴには青春のイメージがあるからだ。
リンゴには、崎藤村の影響もある。団塊の世代が読んだ日本文学では、藤村は代表的作家だった。藤村は小説では「夜明け前」だが、詩では「初恋」となる。「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき」
初恋は初々しく、初々しさには、リンゴが必要なのだ。そう思い込んでしまった仲間は多い。僕の場合は特にそうだった。
大学の教養の授業で、何となく犬養孝さんの講座を受けた。授業の中心は万葉集だった。受講生はみんな、犬養節の万葉の和歌を歌わされた。
サブテーマが藤村だった。同じように、受講生はみんな「初恋」を歌わされ、僕も歌った。そのメロディーが耳にこびりついていて、大学を卒業して間もなく、舟木一夫が藤村の「初恋」の曲を出した時、それを歌おうとしても犬養節になってしまったほどだ。
そんな理由もあって、僕は果物の中のランクでは、リンゴは第1位を占めていた。しかし、初々しい時期を過ぎ、年をとっていくにに従って、順位は落ちていった。スイカに抜かれ、柿にも追い越されしまった。80歳を前に、現在は第3位。なぜか。
理由はリンゴの固さにある。初々しいころは、丸かじりの歯ごたえが青春らしかったのだ。ところが年をとるに従って歯は弱くなり、丸かじりはおろか、カットしたリンゴを食べるのにも、決断がいるようななってしまった。
一方で、柿はリンゴほどは固くないので、歯が初々しくなくなっても、何とかなる。しかも、柿は時間をおくと、追熟して柔らかくなる。
柿を5つもらった。同じ時期に、ミカンとリンゴもたくさん届いた。順番に食べていたが、量が多かったので、柿を食べる順番が遅れ、実がジュクジュクになってきた。お袋がやっていたように、スプーンで食べてもいいが、ズボラ料理に使うことにした。
柿のグジュグジュをスプーンですくい取っておく。マカロニをゆで、水分を切ってからボウルに入れ、熱いうちにバターを加えて混ぜる。千切りにした生ハム、グジュグジュ、レモン汁とレモンの皮の細切りもボウルに入れて混ぜる。
犬養さんが好きだった万葉集の歌に、志貴皇子の「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」があった。僕が大学生で初々しころ、しょうもな歌や、と思っていた。初々しさを失ったいま、「何とみずみうしくで初々しい」と思うから、不思議なものだ。(梶川伸)2025.12.10
更新日時 2025/12/12