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もういちど男と女(18) アシ原  

切り絵=成田一徹

 すべて、ボタンの掛け違いから始まった。2度目の結婚生活を、男はそう振り返る。
 最初の結婚は29歳だった。大学で実験に明け暮れていると、職場の女性に、「30歳で独身は不潔」と冗談交じりに言われた。「そうかな。結婚するか」。そんな気になって、式を挙げた。
 子育てには、それぞれの流儀があった。夫婦の帰宅は遅く、妻の親にも子どもを見てもらい、それもギクシャクする要因となった。売り言葉に買い言葉の末、引っ込みがつかなくなった。
 離婚後、男は北欧に研究留学した。子どもは妻が引き取っていた。北欧では、みんなカップルで付き合っていた。何となくわびしさを感じた。
 帰国してしばらくすると、「いい人がいるよ」と、見合いの話が持ち込まれた。男は40代半ばになっていた。女は40歳目前で、初婚だった。
 年齢が高い者同士が見合いをすると、はっきりと「いや」と言わない限り、結婚に向けて着々と進んでいく。女はデパートに勤め、週末も仕事が多かった。2人で会う機会は少なく、会うと家探しに追われた。正式なプロポーズをしたわけではないが、家探しがその代わりでもあった。
 普通のデートをして、ゆっくり話し合うことはなかった。だから、ボロを出すこともなかった。
 ボタンの掛け違いは、子どものことだった。「子どもは1人は産みたいわね」と女は言った。年齢を考えていた。子どもがほしいから、結婚を考えたのかもしれない。
 「子どもはいらんな」。男は言った。やはり、年齢を考えていた。自分が定年を迎える時に、まだ子どもは高校を卒業していない。
 それから結婚までの間、子どものことは話題にならなかった。どちらも、相手が折れたと勘違いをしていた。
 新婚旅行はロシアだった。初めての夜、男は避妊の用意をした。女は戸惑い、失望を隠さなかった。結婚生活は一瞬のうちに破たんした。
 成田空港に着くと、女は「体が疲れたので」と話し、実家に帰った。それからも、理由をつけては実家に戻った。いつも男が迎えに行った。
 結婚して半年、女は「しばらく静養します」の手紙を残して、家を出た。男はそのままにした。1年たって実家に行ったが、女はもう会おうとはしなかった。
 5年たって、実家から連絡があった。「がんで危ない。葬儀のこともある。離婚してほしい」
 男は女と交わした会話を思い出す。淀川を眺めていた。「ここのアシ原が唯一、2人が美しいと思うものね」。女は、アシ原と対岸のビル街を見るのが好きだった。男はアシ原と川の流れの組み合わせを見ていた。美しさの対象も、一致していなかった。(梶川伸)2006年8月12日の毎日新聞に掲載されたものを再掲載2014.09.02

アシ原

更新日時 2014/09/03


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