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編集長のズボラ料理(56) 塩辛入りナガイモ豆腐

豆腐は十分に水切りをした方が焼きやすい。具な好きなものを入れる

 僕が先達(案内人)をしている遍路旅の参加者は、年齢の高い人が多い。年なりの味もあり、年相応にトンチンカンなところもあるから、話題には事欠かない。
 宿の夕食は、みんなで一緒にとる。食べ終わった時に、1人の女性がテーブルの上にあったつまようじを1本とって、近くに座っていた最長老の男性に差し出した。親切な人である。
 ところが長老は一言、「ない」と素気ない。食べ物が歯には詰まっていない、ということかと思ったが、そうではなかった。歯は1本もなく、だから食べ物が詰まることも「ない」ということだった。それを簡略化して「ない」と言うからややこしいが、なかなか味ある会話である。
 長老は入れ歯ももっていない。すべて歯ぐきで食べると説明を始めるから、また盛り上がる。柔らかいものが好きで、それは若いころに豆腐屋をしていたからだと、納得できるようなできないような理由をつける。すると、周りから、残った茶碗蒸しが次々と届く。
 長老にとっては入れ歯は不要でも、普通の人にとっては、なくてはならないものだろう。ある遍路旅のことである。宿をバスで出発してしばらくすると、参加者の女性が添乗員とヒソヒソ話をしている。ややあって、札所のお参りのために全員がバスから降りた。すると添乗員は宿に、小声で電話をしている。忘れ物をしたという内容だった。忘れ物はその人が泊まった部屋で見つかった。宿の人は親切で、次の札所に届けてくれた。入れ歯だった。
 入れ歯をむき出しで運ぶわけにはいかない。何かに包んであったようで、そのおかげで忘れ物の主は仲間に「忘れ物したの?」と聞かれても、「うん、ちょっと」とはぐらかすことができた。
 でも、僕は知っている。添乗員がそっと教えてくれたのだ。こんな秘密は、話したくてたまらないものである。僕も同じことだが、そのシリーズの遍路旅が八十八番札所まで行き、さらに高野山のお礼参りをすませるまで、しゃべりたい気持ちを抑えに抑えた。
 お礼参りがすむと、もう止まらない。初めて話した時には、胸のつかえが下りたようだった。そして今回も、「もう時効だから」と勝手な理屈をつけて。
 長老を思い出して、豆腐を使う。豆腐を水切りする。ナガイモをすりおろして、豆腐と一緒にする。みじん切りのネギをたくさん、イカの塩辛を適宜、青ノリひとつまみを加えて、よくかき混ぜる。あればサンショウの実か粉も入れる。フライパンに油をひき、ナガイモ豆腐を適当な大きさの円にして焼く。イカの塩辛を小さく切っておけば、あとは柔らかいものばかりだから、歯ぐきでも食べられる。(梶川伸)

更新日時 2013/09/24


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